[登山記#4] アンナプルナ To Annapurna BC

「今までの最高到達標高は?」と聞かれると僕はちょっとニンマリする。富士山の3,776mです、って答える山屋が多いと思うんだ。けど僕は「4,210mですよ」っていつも得意げに答える。みんな少し不思議そうな顔をする。だから僕はすぐに「実はネパールの山なんです、ヒマラヤにある山で」って少し補足する。なんていうか客観的にみて実に嫌な奴だと自分でも思う笑。日本人の謙虚さの美学というかそんな観点で自分自身を見つめると、自慢したがりな僕は少なくとも感じのいい奴ではないと思う。けど僕はこの件に関しては多少自分が他人目で嫌味な奴に写ってもいいって思ってる、だって自分の足で標高4,210mまで到達しているなんてそうそういないと思うし、数少ない自分の経験の中でも誇りに思う経験のひとつなのだから。

When I am asked about climbing, "What's the highest altitude have you been to?", my answer is "4,210m". How about you? I think the most of Japanese people's answer is 3,776m that is the height of Mt. Fuji. In my case, Annapurna Base Camp, in Nepal.

■生活路を行くトレッキングルート

僕は2年前、ネパールにあるアンナプルナを見に行った。アンナプルナは標高8,091mの山で世界第10位、その登山のベースキャンプからは7,000m~8,000m峰の山々を一望することができる。標高8,000mは登れないけどその絶景は見たい、そんな人々の願いを叶えるためのベースキャンプを目指すルートがある。ヒマラヤに暮らす人々の生活路を行くルートで、目的地のベースキャンプはABCと呼ばれている (アンナプルナベースキャンプ⇒Annapurna Base Camp⇒A. B. C)。そこは山々に囲まれていて円形の眺望が望める。日本で例えるのならば涸沢であろうか。涸沢からは前穂高、北穂高、奥穂高に囲まれそれを眺めることができるが、ABCはアンナプルナI峰、II峰、III峰、マチャプチャレなどの有数の山々に囲まれている。そして日本北アルプスの涸沢はいわゆる登山道を行くが、ABCへの道のりはネパールの人々の生活路を行くことになる。

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(標高3200mから臨むマチャプチャレ)

ネパールの人々は日本人に比べると標高の高いところに住んでいる。集落と集落は1本の道で繋がれていて徒歩で1時間ごとに1集落ぐらいの間隔で集落がある。その道を荷物を運ぶ労働者、大工、水牛、農業をする人、様々な人々が行く。世界中からきたトレッカーは、ABCへの道としてその生活路を使わせてもらう。働く人とトレッカーが行き交う不思議な光景になる。登山のマナーである挨拶も存在する。ただそれは「こんにちは」ではなくて「ナマステ」に変わるのであるが。

To Annapurna B. C. (A. B. C.), for me, it took 8 days for trekking . The trekking course is a just community road which Nepal's people use everyday. And thankfully, we trekkers can share it. There are a lot of Guest houses and restaurants for trekkers along the road. And everyone there says "Namasute".

■7泊8日の山行

ABCへの登山口はシワイと呼ばれる集落からスタートする。標高1,400m にある集落である。僕は7泊8日の山行でABCを目指したが、健脚な登山者なら4泊5日もあれば十分ABCへたどり着ける。またほとんどのトレッカーはポーターを雇う。だいたい150円/1日でポーターをお願いすることができるが、僕にとっては信じられない事実である。それは直視しなくてはならない世界の現実なのだと思う。

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I climbed step by step, because I had to get accustomed with thin air. You should remember the some local words, "tato pani" that means boiled water. Main food there is curry like a following photo. Around 2000m, there are a lot of trees and bush like jungle. My image until I got in Himalaya is dry area, just rocks and sands.

高度順応するために少しづつ高度を上げる。街道は生活路と書いたが、多くのトレッカーが訪れるため、あちらこちらにゲストハウスが存在する。この道で遭難することはまずないであろう。ただしもしソロで行く場合は現地語は少し覚えた方がよいと思う。特に「火を通した水」(tato pani; タトパニ) は言えたほうがいい。水を下さい、(pani; パニ) だけだと、雨水や沸かしていない水がでてくる。

道中の食事はカレー(ダルバート・タル・カリ)が中心になる。トレッカーのためにチャーハンやナン、パンも用意しているゲストハウスもある。このカレーを毎日食べられる人はきっとネパールに住めるだろう笑。僕は2日で飽きてしまった。

標高2000mぐらいの村では豊富な食事、ちゃんとしたゲストハウスが多数存在するが、標高3200mあたりからはなかなか生野菜などを食べることができない。これは日本でも同じであろう。標高の高いところではすべてが貴重なのである。

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シワイを出て2日目、天気が良くて空気が澄んでいればアンナプルナが見える。僕は今まで標高8000mとはどんなスケールか想像もしたこともなかった。あまりに大きい、想像もつかない高さが迫ってくる。日本の北アルプスですらこんなに迫力のある悠々とした姿ではなかった。あまりの美しさに30分ほど足を止めてしまう。

ヒマラヤと言えども標高2000mの付近は緑が多い。原生林がそのまま残っており、ジャングルのようでもあると感じる。もっと岩と雪の世界かと想像していたが、蒸し暑い中を歩くトレッキングがしばらく続く。

少し進むと日本人14人の年配のパーティに出会う。マレーシアのパーティと仲良くなって、一緒にドラえもんの歌を歌っていた。彼らは11日泊12日の行程でABCを目指しているという。人によって、体力によってみんなそれぞれペースが違う。日本の急かされた時間を生きている僕たちには贅沢な時間だと思えてしまう。だけどヒマラヤではその贅沢な時間が許される。それでいいんだって、そう思う。そのためにみんなここに来ている。

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■前人未到の山

世界にはたくさんの前人未到の山が世界には存在する。これだけ登山技術が世に出回り、アマチュアでもガイドさえいればエベレストでも登れる時代に、前人未到の山とはなかなか想像がつかない。しかしその理由は登山難易度が高いからではなく、宗教上の聖地とされていて登山が禁止されているからなのだという。ABCに行く途中にも前人未到の山があり、マチャプチャレ (6993m) という。魚の尻尾という意味だそうだ。僕はその形を見て、槍ヶ岳に似ていると思った。いや、槍よりも美しいか。

ABCは涸沢、マチャプチャレは槍と、僕はどうしてもヒマラヤの山々を北アルプスと比較してしまうが、ヒマラヤにある山と比較できるぐらい僕は北アルプスは美しいと思っている。

話は逸れたが、マチャプチャレは美しい山だった。現地の人もマチャプチャレを見るとアンナプルナを見る時よりも興奮気味にその山のことを話す。ネパールの人は本当にこの山を好きなのだと感じる。

シワイを出発してから5日目、ようやく道が登山道らしくなってきて、氷河も出てくる。空には雪が舞い、夜は0℃近くになる。夜は寒い。そして標高も3200mを超えると軟弱な僕は高度障害が出てきて頭痛がする。今思い返してもひどい頭痛であった。最後の2日間は一睡もできないぐらいに吐き気がして物も食べられない。一緒に行ってくれたスリャが2晩寝ずに看病してくれた。彼のあの優しさは今でも忘れない。スリャは体調の悪い僕を見ても「引き返そう」とは言わなかった。僕のことをABCに連れて行ってくれた。

You can see "Machapuchare" on your way to ABC, which is a sacred mountain in Nepal. People in Himalaya talk about the mountain with happy smile, so I think they really love Machapuchare same as Annapurna (or more?). Over 3,200m altitude, I felt sick and I could not eat anything. But Srya, he is a guide, cared me a lot, so I could reach to ABC. I cannot forget his kindness forever.

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(一番左がスリャ、真ん中が僕)

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(前人未到の山 マチャプチャレ、Machapuchare)

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この場所にはもう二度と来ることはないだろうってそう思う。世の中には心を動かされるものがたくさんありすぎて、それにすべて触れるには人生はあまりに短すぎる。30歳の若造がなにをと思う人もいるかもしれないが、僕は30歳を超えてから人生が引き算になっている。本当にやりたいこと、やる必要のないものを取捨選択しなきゃいけないって思ってる。

■ABCへ

最終日、空は若干の雲があるものの晴れてくれた。ABCは最高だった。今は亡き栗城さんのベースキャンプもあった。テントの前には「日本のユーチューバーでアンナプルナ登頂に挑戦中」と看板に英語で書かれていた。

アンナプルナを見上げて、「涙が出るほど美しい」と隣にいた日本人のおじいさんは言っていた。みんなここに来るまでどんな気持ちで来たんだろう。長い道のりを行けども行けどもなかなかつかない。舗装された日本の道路だったらあっという間だろう。それを自分の足だけで行く。

そして僕は最後の2日間はひどい頭痛に襲われていた。スリャが暖かく看護してくれた。そんな経緯もあって僕にとってアンナプルナは最高に美しく感じられた。

日本を出るとき、どんな気持ちでABCに行こうかと思っていたか、それすら忘れてしまった。そもそも僕はなぜABCに行こうと思ったのか。アンナプルナに行ってなにをしたかったのか。当時の登山記録を読み返してもそれはわからない。なんでだろう。でもなんていうか、そんなことはどうでもよくなってしまう。

時折きこえる雪崩の轟音を聞き、ヒマラヤの風に吹かれて、「豊穣の女神」と呼ばれるその山を僕はただただ眺める。

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I don't think I will never come back there again. There are a tons of things I want to experience in this world. I feel winds in Himalaya and sounds of avalanche from somewhere.

I couldn't remember why I decided to go to ABC. And I wondered what everyone thought during their trekking to ABC. And why did they go to ABC?? But I didn't care any more, because Annapurna was so majestic.

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