売茶翁(ばいさおう)ってご存知ですか?
この方です。
お賽銭が上がっていますね~御利益があるのでしょうか……^^;
先日行った玉露の里に鎮座されていたこの方は、煎茶道の中興の祖といわれる売茶翁、またの名を僧月海そして更にまたの名を高遊外といわれる方です。
売茶翁は
「茶銭は黄金百鎰(ひゃくいつ)より半文銭までくれしだい。ただにて飲むも勝手なり。ただよりほかはまけ申さず」
(お茶の代金は小判二千両《現在の貨幣価値で一億円以上》から半文《一文は現在の貨幣価値で25~30円》くらいまでいくらでもかまわない。 ただで飲んでもけっこう。ただよりはまけない。)
といいながら、京の市中でお茶を売り歩いたといわれています。
茶道と聞くと抹茶道を連想されるのが一般的かと思いますが、茶道には煎茶道というものもあります。
売茶翁は、抹茶道における千利休のような立場の方で、私が入門している静風流では売茶翁への献茶式の茶会「売茶祭」が毎月執り行われています。
この売茶翁が煎茶道中興の祖といわれているということは、もちろん煎茶道の祖といわれる方がいらっしゃるわけで…
その方は京都・黄檗山 萬福寺を開かれた隠元禅師。中国から来日される際に持ってこられた茶道具が現在の煎茶道具の元となっています。
隠元というお名前から連想されるいんげん豆もこの方が中国から伝えられたのだそうです。
隠元禅師の来日は江戸時代。
16世紀の安土桃山時代には千利休によって大成されていた抹茶道・茶の湯と比べても煎茶道の成り立ちは比較的新しいものです。
隠元禅師が飲まれていたのは唐茶といわれる中国の釜炒り茶だったようで、その頃はまだ煎茶は作られてはいませんでした。
煎茶は日本独自のお茶でその製法が確立されたのは1738年、永谷宗円によってでした。
永谷宗円の子孫のひとりは永谷園の創始者だそうです。
そしてこの煎茶をいたく気に入った売茶翁が禅を解きながら茶を振る舞い、客との問答を楽しんだのが、煎茶が広く飲まれるようになり煎茶道中興の祖とよばれるようになった所以だそうです。
2017年現在全日本煎茶道連盟には36の流派が加盟しています。
煎茶道は形や物より自由の精神を重んじ、成り立ちからしても中国の文人の趣味の影響を残していて、格式や形式を重んじる抹茶道とは茶葉の違いだけでなく、大きく趣を異にしています。
煎茶道のお茶会が催されることがありましたら是非一度ご参加頂きたいと思います。
客に作法は求めない…というのが煎茶道の精神です。どうぞお気軽にお立ち寄り下さい。
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